はじめに:なぜパートナーセールスのROI測定が難しいのか
パートナーセールスに取り組む企業が増えています。直販だけでは限界がある市場開拓を、パートナーさんの力を借りて加速させたい。その狙い自体は正しいのですが、実際に成果を出せている企業はどれほどあるでしょうか。
才流の調査によると、SaaS企業10社のパートナーセールス事例を分析した結果、明確に成功と言えるのはわずか2社。残り8社は何らかの課題を抱え、期待した成果に届いていないという厳しい現実が報告されています。この「10社中8社が苦戦する」という数字は、パートナーセールスの難しさを端的に物語っています。
なぜこれほど苦戦するのか。理由の一つが「見えないコスト」の存在です。パートナーさんへの手数料は目に見えるコストですが、実際にはその裏側に、パートナー開拓にかけた営業工数、オンボーディングの教育コスト、継続的なフォローアップの人件費など、損益計算書には明示されにくいコストが積み重なっています。これらを把握しないままROIを語ろうとすると、「なんとなくうまくいっている気がする」「でも数字で説明できない」という状態に陥ります。
加えて、パートナーセールスのリターンは直販と比べて測定が複雑です。パートナーさん経由の紹介がきっかけで商談が生まれたものの、最終的なクロージングは自社営業が担当した場合、その売上はパートナーセールスの成果なのか、直販の成果なのか。こうしたアトリビューション(成果帰属)の曖昧さが、ROI測定をさらに困難にしています。
本記事では、パートナーセールスの投資コストを漏れなく把握する方法から、リターンの定義、ROI計算のフレームワーク、そして追うべきKPIまでを体系的に解説します。特に経営陣や事業部長、パートナーセールス部長の方は、理解しておくべき内容ですので是非読んでみてください。
パートナーセールスの投資コスト全体像
ROI測定の第一歩は、投資額の正確な把握です。
パートナーセールスにかかるコストは大きく6つのカテゴリーに分類できます。それぞれの算出の考え方を具体的に見ていきましょう。

1. パートナー開拓コスト
新規パートナーさんを見つけ、契約に至るまでのコストです。展示会への出展費用、パートナー募集のための広告費、そして営業担当者が候補企業にアプローチして条件交渉を行い契約を締結するまでの人件費などが含まれます。算出の考え方としては、「パートナー開拓担当者の月額人件費 × 開拓に費やした時間割合」に、広告費や展示会費用などの直接経費を加算します。1社あたりの開拓コストを把握しておくと、後の分析で非常に役立ちます。
2. オンボーディングコスト
契約したパートナーさんが実際に案件を紹介できるようになるまでの教育・立ち上げコストです。製品研修の実施工数、営業資料や提案テンプレートの作成工数、デモ環境の準備、認定試験の設計・運営費用などが該当します。下記の調査(355人対象)では、パートナーセールスの課題として「スキル差が大きい」「モチベーション維持が困難」がそれぞれ34%で1位タイとなっており、オンボーディングに十分な投資をしないと後々大きなコストとして跳ね返ってくるケースが多いです。

3. 継続支援コスト
パートナーさんとの関係を維持し、案件創出を促進するための継続的なコストです。定例ミーティングの工数、勉強会や新製品説明会の開催費用、共同マーケティング(セミナー共催、コンテンツ共同制作)の費用、そしてパートナーさんからの問い合わせ対応にかかる工数が含まれます。このコストは見落とされがちですが、実はパートナーセールスの成否を分ける最重要投資です。
4. 手数料・インセンティブコスト
パートナーさんへの直接的な報酬です。業界の相場感としては、紹介取次代理店モデルで成約金額の15〜20%、販売代理店や再販モデルで20%に加えてレベニューシェア約20%が一般的です。これに加えて、期間限定のキャンペーンインセンティブや、年間目標達成ボーナスなども含まれます。このカテゴリーは比較的把握しやすいコストですが、年間の支払総額を正確に集計していない企業も少なくありません。
5. ツール・システムコスト
PRMシステムの利用料やパートナーポータルの構築・運用費用、案件管理のためのCRM拡張費用、パートナーさん向けのeラーニングプラットフォーム利用料などです。近年はSaaS型のPRMツールが充実してきており、月額30〜50万円くらいから導入可能なものが多いですが、カスタマイズや連携開発を含めると年間で数百万円規模になるケースが多く、これらのシステム費用については特にROIを見るべきポイントでしょう。
6. 管理人件費
パートナーセールス部門(もしくは担当者)の人件費です。マネーフォワードの事例では、パートナーセールスの成長に伴い、チーム体制を5名から30名に拡大しています。
この人件費の増加分は当然コストに含める必要があります。管理職の人件費も、パートナーセールス業務に費やしている割合分を按分して計上すべきです。
これら6カテゴリーの年間総額が、ROI計算における「投資額」の分母になります。まずはスプレッドシートでも構いませんので、自社の数字を一度棚卸ししてみてください。「思っていたより投資していた」と気づく企業がほとんどです。
ROI計算フレームワーク
投資コストの全体像を把握したら、いよいよROIの計算に入ります。基本的な計算式はシンプルです。
ROI(%)=(リターン − 投資額)÷ 投資額 × 100
たとえば、年間の投資額が3,000万円、リターンが4,500万円であれば、ROIは(4,500万 − 3,000万)÷ 3,000万 × 100 = 50% となります。しかし、パートナーセールスにおいては「リターン」の定義が一筋縄ではいきません。

リターンの定義:直接収益と間接貢献
パートナーセールスのリターンは、大きく2つに分けて捉える必要があります。
「直接収益」は、パートナーさん経由で獲得した案件の売上(または粗利)です。紹介案件、再販案件など、パートナーさんが起点となった案件の収益がここに含まれます。SaaSビジネスの場合は、初年度のARR(年間経常収益)で計算するのが一般的です。
「間接貢献」は、数値化が難しいものの無視できない価値です。
たとえば、パートナーさんのブランド力を活用したことによる信頼性向上、パートナーさん経由の顧客は解約率が低い傾向があるという事実(自社データで検証が必要)、直販では到達できなかった市場セグメントへのアクセスなどが挙げられます。
ROI計算では、まず直接収益だけで計算し、間接貢献は補足指標として別途レポートする方法をおすすめします。すべてを一つの数字に押し込もうとすると、かえって信頼性を損ないます。
直販 vs パートナー経由のCAC比較モデル
パートナーセールスのROIを評価する上で、直販とのコスト比較は必要不可欠です。ここでは、顧客獲得コスト(CAC)を使った比較モデルを紹介します。
直販のCACは「営業・マーケティングの総コスト ÷ 新規獲得顧客数」で算出します。一方、パートナー経由のCACは「パートナーセールスの投資総額(前章の6カテゴリー合計)÷ パートナー経由の新規獲得顧客数」で計算します。
たとえば、直販のCACが50万円、パートナー経由のCACが35万円であれば、パートナーセールスは顧客獲得効率が30%優れていることになります。ただし、ここで注意すべきは、パートナー経由の顧客LTV(顧客生涯価値)も併せて確認することです。CACが低くてもLTVも低ければ、投資対効果としては直販と変わらない、あるいは劣る可能性があります。
そのため、最終的には「LTV ÷ CAC」の比率で比較するのが最も公正な評価方法です。一般的に、この比率が3倍以上であれば健全な投資と判断されます。
測定すべき6つのKPI
ROIを構成する要素を日常的にモニタリングするために、以下の6つのKPIを設定することをおすすめします。

1. パートナー経由収益(Partner-Sourced Revenue)
パートナーさんが起点となった案件の売上合計です。全社売上に占める比率(収益寄与率)も併せて追います。成熟したパートナープログラムでは、全社売上の30〜50%をパートナー経由が占めるケースが多いです。
2. パートナー経由CAC
前章で解説した計算式で算出します。月次または四半期ごとにトレンドを追い、直販CACとの差分を確認します。目標としては、直販CACの70%以下を目指すと、パートナーセールスへの投資正当性を明確に示せます。
3. リード転換率(Lead Conversion Rate)
パートナーさんから紹介されたリードが、実際に成約に至る割合です。計算式は「パートナー経由成約数 ÷ パートナー経由リード数 × 100」です。直販のリード転換率と比較し、差がある場合はその原因(リードの質、営業対応のスピード、パートナーさんへのフィードバック不足など)を分析します。目安として、直販の転換率の80%以上を維持できていれば良好と判断できます。
4. パートナー稼働率(Partner Activation Rate)
契約しているパートナーさんのうち、実際に案件を紹介してくれているパートナーさんの割合です。計算式は「過去90日間に1件以上案件紹介があったパートナー数 ÷ 契約パートナー総数 × 100」です。この数値は多くの企業で想像以上に低く、10〜20%程度にとどまるケースが多いです。裏を返せば、80〜90%のパートナーさんに対するオンボーディングや継続支援のコストが「沈没コスト」になっている可能性があります。稼働率の改善はROI向上に直結する最重要レバーです。
5. 収益寄与率(Partner Revenue Share)
全社売上に占めるパートナー経由売上の比率です。経営層への報告においては、この数字がパートナーセールスの存在意義を最も端的に示す指標になります。四半期ごとの推移を追い、成長トレンドにあるかを確認してください。
6. パートナー経由顧客LTV
パートナーさん経由で獲得した顧客の生涯価値です。直販経由の顧客LTVと比較することで、パートナーセールスが「質の高い顧客」を連れてきているかを判断できます。SaaSビジネスの場合、「月額単価 × 粗利率 ÷ 月次解約率」で簡易的に算出できます。パートナーさん経由の顧客は、信頼関係がベースにあるため解約率が低い傾向があるとも言われますが、これは自社のデータで必ず検証してください。
時間軸で見るROIの変化
パートナーセールスのROIを評価する上で、皆さんに最もお伝えしたいことがあります。
それは、「いつ測定するか」によってROIの見え方がまったく変わるということです。
単月や四半期のスナップショットだけで判断すると、本来成功に向かっているプログラムを「失敗」と誤認してしまう危険があります。

初期投資フェーズ(0〜18ヶ月):マイナスROIが正常
パートナーセールスの立ち上げ期は、投資が先行します。パートナーさんの開拓、契約交渉、オンボーディング、営業資料の整備などコストがかかる一方で、成約はほとんど生まれません。この時期のROIがマイナスになるのは完全に正常です。
だからこそ、この段階では「ROIがマイナスだからやめよう」ではなく、「先行指標が順調に推移しているか」に注目すべきです。具体的には、契約パートナー数、オンボーディング完了率、パートナーさんからの初回リード発生率などをモニタリングします。
立ち上げフェーズ(18〜30ヶ月):損益分岐点の見極め
パートナーさんからの案件紹介が徐々に増え始め、収益が立ち上がってくる時期です。この段階での最重要課題は、損益分岐点の時期を予測し、経営層と合意を形成することです。
月次の投資額と累積リターンをグラフ化し、「あと何ヶ月で累積リターンが累積投資を上回るか」を可視化してください。一般的に、パートナーセールスの損益分岐点は18〜30ヶ月目に訪れるケースが多いです。ただし、パートナーさんの業種や販売モデル(紹介型か再販型か)、自社プロダクトの特性、マーケット動向等によって大きく異なります。
※直販での新規受注率が10〜15%を切るような販売難易度の高い商材だと、損益分岐点への到達までもう少し長くかかる傾向にあります
この時期に代理店稼働率が20〜30%を下回り続けている場合は、パートナーさんの選定基準やオンボーディングプロセスの見直しが必要かもしれません。
成熟フェーズ(30ヶ月〜):スケーリングとROI最大化
損益分岐点を超え、パートナーセールスが安定的に収益を生み出すフェーズです。この段階では、ROIを最大化するための施策に注力します。
具体的には、高稼働パートナーさんへのリソース集中(パレートの法則で、上位20%のパートナーさんが80%の収益を生むケースが多いです)、非稼働パートナーさんの活性化または整理、パートナープログラム(ゴールド・シルバー・ブロンズなど)によるインセンティブ最適化、成功パートナーさんの型の横展開などが有効です。
まとめ:ROI測定チェックリスト
パートナーセールスのROI測定は、一朝一夕にできるものではありません。しかし、本記事で紹介したフレームワークに沿って一つずつ整備していけば、必ず「数字で語れる」パートナーセールスの運営が実現します。最後に、すぐに取り組めるチェックリストとして要点を整理します。
- 投資コストの棚卸し: 開拓・オンボーディング・継続支援・手数料・ツール・管理人件費の6カテゴリーで年間コストを算出する
- リターンの定義を明確にする: 直接収益(パートナー経由売上)と間接貢献を分けて定義し、まずは直接収益でROIを計算する
- 直販CACとパートナー経由CACを比較する: 両方のLTV/CAC比率まで算出し、投資効率を客観的に評価する
- 6つのKPIをダッシュボード化する: パートナー経由収益、CAC、リード転換率、代理店稼働率、収益寄与率、顧客LTVを定期的にモニタリングする
- 時間軸を意識した評価を行う: 初期のマイナスROIに過剰反応せず、先行指標で進捗を判断する。損益分岐点の予測を経営層と共有する
- 四半期ごとにROIをレビューする: 数字の変化要因を分析し、投資配分を見直す
大前提、上述のような各数値指標を取れてない(把握されていない)企業も結構多かったりするのが実態です。まずは各数値指標を計測できるような管理体制を構築しましょう。
最初の一歩としておすすめしたいのは、「パートナーセールスの投資コスト棚卸し」です。現状のコストが可視化されるだけで、これまで感覚的に判断していた多くのことが、データに基づいた意思決定に変わります。そのため、まずは先月1ヶ月分のコストを6カテゴリーに分類するところから始めてみてください。
パートナーセールスの効果測定は、日本ではまだ体系化されていない領域です。だからこそ、ROI測定に真正面から取り組むことは、競合との差別化にもなります。数字で語れるパートナーセールス組織を、一緒に作っていきましょう。
