「マージンを●割も手数料を払い続けるくらいなら、直販で売ったほうが儲かるのでは?」
「それを実行したら、商談は何件増えるの?」
「パートナーより先に、まず直販のFSを1人採用したい」
私はこれまで、パートナーセールス研究会の主宰者として、また事業会社のパートナーセールス実務家として、数多くのSaaSやIT、HR領域の企業経営者・役員の方々とパートナービジネスについて対話してきました。冒頭の言葉は、その場で実際に何度も耳にしてきた「経営陣の本音」です。
誤解のないように先に申し上げると、これらの疑問はどれも経営者として真っ当なものです。費用対効果を問うのは経営の仕事ですし、根拠のない投資を止めるのも経営の仕事です。
ただ、その一方でこうも感じています。日本のSaaS業界では、パートナービジネスの経験を持つ経営者が圧倒的に少ない。だからこそ、パートナービジネスは「よくわからないもの」として、実態より低く見積もられたまま意思決定から外れてしまう。これはパートナーセールス業界全体の課題だと考えています。
この記事は、SaaS業界でパートナービジネスを展開されている企業経営者・役員の方々に向けて、「なぜパートナービジネスは経営アジェンダなのか」を、データと実例で説明する試みです。パートナーセールスの責任者の方・パートナーセールスの担当者の方は、ぜひ経営会議や社内でのパートナービジネスへの投資予算を通す材料としてお使いください。
世界のITビジネスの7割は、すでにパートナー経由で動いている

まず、マクロの事実から確認します。
調査会社Canalysによると、2023年時点で世界のIT製品・サービス支出の70%超、金額にして約3.4兆ドルがパートナー(間接チャネル)経由で取引されています。しかも間接チャネルの成長率は直販を上回っています。
個社で見るとさらに顕著です。Microsoftは商用売上の約95%がパートナー経由であることを公表しています。Salesforceについては、IDCの2021年の調査で「Salesforceが1ドル売り上げるごとに、パートナーエコシステムは6.19ドルを稼ぐ(2026年時点の予測)」と試算されました。世界のトップSaaS企業は、自社の営業部隊の何倍もの規模の「売ってくれる仲間」を組織化することで、直販だけでは到達し得ない成長を実現しています。
日本も例外ではありません。コンサルティング会社の才流の調査によると、国内SaaS上場企業のARR上位20社のうち18社がパートナー制度を導入しています。具体的な数字を挙げると、
- サイボウズ:売上の60%以上がパートナー経由
- セーフィー:パートナーチャネルの売上構成比54%(2022年3月時点)
- ラクス:パートナー経由の受注が前年比134.8%で成長(2022年3月期)
「パートナービジネスはニッチな販売手法」ではなく、スケールしたSaaS企業の多数派が通ってきた道である、というのがデータの示す実態です。
※少し情報が古くて恐縮です
それでもなお、経営の現場では冒頭のような疑問が繰り返されます。ここからは、私がパートナービジネスに関する情報交換の機会やパートナーセールス研究会で実際に聞いてきた「経営陣の4つの誤解」に、ひとつずつお答えしていきます。
誤解1:「マージンを取られるくらいなら、直販のほうが儲かる」
最もよく聞く反論です。あるSaaS企業の経営幹部の方は、こう仰っていました。「うちはチャーンレートが低く、お客様に何年も使っていただける。その間ずっとパートナーに●割を払い続けるのは割に合わない。それなら直販でいい」。
一見、筋が通っています。しかしこの計算には、2つの見落としがあります。
見落とし①:直販のコストは「タダ」ではない
直販で1件受注するためには、広告費・展示会費・インサイドセールスとフィールドセールスの人件費・マネジメントコストがかかっています。SaaSの獲得コスト(CAC)を真面目に積み上げると、受注額の3〜5割に達している企業は珍しくありません。営業を1人採用すれば、採用費と立ち上がり期間を含めて初年度に1,000万円規模の投資になり、しかもその人が退職すれば投資はゼロに戻ります。
パートナーへのマージンは、これらと同じ「顧客獲得コスト」です。違いは、受注が発生したときにだけ支払う完全な変動費だということ。固定費を積んで独力で市場を耕すか、成果連動で市場を借りるか。比べるべきは「マージンの有無」ではなく、チャネルごとの獲得コストと限界です。
見落とし②:直販では「そもそも届かない市場」がある
より本質的なのはこちらです。Webで情報収集して問い合わせてくれる顧客層(アーリーアダプター)は、市場全体のごく一部にすぎません。地方の中堅・中小企業、Webマーケティングが届かないマジョリティ層、既存ベンダーとの関係で意思決定するエンタープライズ——これらの市場は、インバウンドマーケティングと直販だけではほぼ攻略できません。
その市場に日常的に出入りし、信頼関係を持っているのが販売パートナーです。彼らの経由で生まれる売上は、マージンを引いた後でも「直販なら0だったはずの売上」です。0か、70か。この比較で考えるべきなのです。
なお、「チャーンが低いからパートナーは損」という考え方は、実は逆です。チャーンが低い=LTVが大きい商材ほど、獲得1件あたりに投じられる原資が大きく、パートナーに魅力的な条件を提示できます。そして継続時の手数料は、パートナーが解約を防ぎ、アップセルを働きかけ続ける強力なインセンティブになります。低チャーンSaaSは、パートナービジネスに最も向いている商材のひとつであると考えられます。
誤解2:「代理店は結局売ってくれない。コントロールもできない」
これは誤解というより、半分は正しいと言うべきかもしれません。実際、「代理店契約を結んだのに1件も売れない」という相談は後を絶ちません。
ただし原因は、パートナービジネスという手法にあるのではありません。「契約すれば売ってくれる」という前提にあります。パートナーは複数の商材を扱っており、自社の商材はその棚の一角を借りているにすぎません。売ってもらうためには、売りやすい資料・勉強会・同行支援・インセンティブ設計・キーパーソンとの関係構築といった「アクティベーション(活性化)」への投資が必要です。ここに投資しない代理店契約は、看板だけの休眠契約になります。
そしてもうひとつ。ベンチャーキャピタルのALL STAR SAAS FUNDは、パートナービジネス成功の前提条件として「経営層がパートナービジネスを理解し、コミットしていること」を挙げています。私の実感も全く同じです。パートナー企業の経営層との関係構築、マージン体系の意思決定、直販部門とのコンフリクト調整——これらはすべて、現場の担当者には決められない経営マターです。
「担当者に任せているが売れない」のではなく、「経営が本気を見せていないから、パートナーも本気にならない」。売ってくれないのはパートナーのせいではなく、座組みの設計者である自社側の問題であるケースがほとんどです。
誤解3:「まずは直販の営業採用が先。パートナーは後回しでいい」
「投資の優先順位として、まず営業を1人採りたい」——これも経営の現場で本当によく聞く言葉です。短期の売上を最も確実に積み上げるのは直販の増員である、というのはその通りです。
問題は時間軸です。パートナービジネスは、立ち上げから軌道に乗るまで一般に2〜3年かかると言われます。サイボウズのパートナーチャネルは10年以上の取り組みの結果であり、HENNGEもパートナー中心のモデルへの転換に約7年をかけています。裏を返せば、「必要になってから始める」ことができないのがパートナービジネスです。
さらに見落とされがちなのが、パートナーの「棚」は有限だという事実です。有力な販売代理店が本気で扱える商材の数には限りがあり、同じカテゴリで競合が先に棚を取れば、後発が入り込む難易度は跳ね上がります。直販の営業採用は来期もできますが、有力パートナーとの提携機会は競合に取られたら戻ってきません。
「今期の商談を●件増やす」ためなら、たしかに営業採用が正解です。しかし「3年後・5年後の売上構成」を設計するのは、採用計画ではなく経営戦略です。両者は二者択一ではなく、時間軸の異なる別々の投資として並行させるべきものです。
誤解4:「成果が見えないものに投資はできない」
「それで商談は何件増えるの?」という問いに、パートナーセールスの現場が即答できないことは事実です。パートナービジネスの成果は「紹介件数(パートナー経由での商談設定数)」という出口だけを見ていても管理できず、その手前にある活動——キーパーソンとの接点の数、勉強会の実施、パートナー担当者との関係の深さ等——が数ヶ月から数年遅れで受注に変わります。
興味深いのは、パートナー経由の売上が順調に伸びている企業の経営者ですら、「正直、パートナー担当が何をしているのか、案件がどのステージにあるのか、全く見えていない」と口を揃えることです。成果が出ていても中身はブラックボックス。だから、担当者が辞めた瞬間に、その人の頭の中にあった関係値ごと売上が消える——これは実際に多くの企業でのパートナービジネスの現場で起きている問題です。
しかし、これは「パートナービジネスは本質的に測れない」という話ではありません。測る仕組みを作っていないだけです。活動→関係構築→紹介→商談→受注のファネルをデータで可視化した企業では、経営陣が「どの活動を増やせば売上が伸びるか」を直販と同じ解像度で議論できるようになります。実際、私が支援したあるSaaS企業では、パートナー活動を可視化して経営会議のアジェンダに載せた結果、経営陣が「ここに踏み込めば伸びる」と確信を持ち、アライアンスが経営戦略に組み込まれ、パートナー経由の商談数が4倍になりました。
「見えないから投資しない」のではなく、「見える化に投資していないから、投資判断ができない」。順序が逆なのです。KPI設計や可視化の具体論は、パートナーセールスのKPI設計ガイドやROI測定と投資対効果の可視化方法で詳しく解説しています。
正直に言うと、パートナービジネスが「効かない」ケースもある

ここまでパートナービジネスの意義を述べてきましたが、パートナービジネスも万能薬ではありません。フェアに書いておきます。
- PMF前の商材:直販で売れないものはパートナーにも売れません。再現性のある勝ちパターンができてからが本番です。
- マージン原資が出ない超低単価商材:パートナーが動く経済的インセンティブを設計できない場合、紹介モデルなど別の座組みを検討すべきです。
- ターゲットがアーリーアダプターに閉じている場合:Web経由で十分に届く市場だけを狙うフェーズでは、直販集中が合理的なこともあります。
逆に言えば、①Webで情報収集しないマジョリティ層・地方市場を取りに行きたい、②エンタープライズや専門領域など、単独攻略に時間がかかるセグメントがある、③チャーンが低くLTVが大きい——この条件に当てはまるSaaSにとって、パートナービジネスは「やるかやらないか」ではなく「いつ始めるか」の問題です。
経営者が明日からできる、3つの意思決定

最後に、パートナービジネスを「経営アジェンダ」に引き上げるために、経営者にしかできない3つの意思決定を挙げます。
1. パートナー経由売上の中長期目標を、経営計画に明記する
「3年後にパートナー経由売上比率20%」のように、時間軸付きの目標を経営計画に載せてください。ポイントは、直近四半期の数字をパートナーチャネルに求めないことです。短期の数字を求められた現場は、目先の紹介を掘り尽くす焼畑的な動きに走り、1年で枯渇します。パートナー売上は決算対策ではなく、中長期のストレッチ目標として位置づけるべきものです。
2. 責任者を置き、経営自らパートナーの経営層と会う
兼任の「ついで仕事」では立ち上がりません。専任の責任者を置き、かつ重要パートナーのトップとの関係構築には経営陣自身が出てください。パートナー側も、相手の経営が本気かどうかを見て自社のリソース配分を決めています。トップ同士の握りがあるかどうかで、現場の動きは全く変わります。
3. 活動を可視化する仕組みに、最初から投資する
パートナービジネス最大の経営リスクは「属人化」です。担当者の頭の中にしかない関係値は、退職と同時に消えます。誰がどのパートナーの誰と、どんな活動をして、何が生まれているのか——最初からデータとして蓄積される仕組みを作っておけば、担当者が変わっても資産は会社に残り、経営は事実に基づいてアクセルを踏めます。これは、直販でSFA/CRMを入れるのと同じ、当たり前のインフラ投資です。
おわりに──パートナービジネスは「販売手法」ではなく「経営戦略」

世界のITビジネスの7割はパートナー経由で動き、日本のトップSaaSの大多数がパートナー制度を持ち、成功企業は例外なく経営がコミットしている——これが、データと現場の両方から見えるパートナービジネスの実像です。
それでも日本のSaaS業界では、パートナービジネスを経験した経営者が少ないがゆえに、この選択肢は過小評価され続けています。逆に言えば、経営陣が正しく理解してコミットするだけで、競合に対する構造的な差別化になるのが今の日本市場です。
パートナーセールス研究会では、SaaS企業のパートナービジネス立ち上げ・拡大の実例を、実務家同士のクローズドな場で共有しています。最近は経営者・役員の方の参加も増えてきました。「自社でやるべきか判断したい」という段階の経営者の方こそ、ぜひ一度足を運んでみてください。現場の実例ほど、意思決定の役に立つものはありません。
参考資料:Canalys(世界IT市場のチャネル経由比率)/IDC「The Salesforce Economy」(2021)/Microsoft公式ブログ(パートナー経由売上比率)/才流「SaaS企業のパートナーセールス入門」/ALL STAR SAAS FUND「パートナービジネスのはじめかた」